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臨床心理士のうたたね日記

日々、気がついたことをできるだけ面白おかしく、時にきまじめにお伝えしていきたいと思います。

ドラマ「Dr倫太郎」にむきになる

堺演じる大学病院に勤務する41歳の主人公・日野倫太郎は、内閣官房長官を常連患者に持ち、コメンテーターとしてテレビ出演もこなすスーパー精神科医。

ドラマとして見なくては、いけなかったのであろうが、どうしても臨床心理士の視点でシビアに観てしまった。堺雅人が演じるにしても精神療法をきちんと行う精神科医の役は難しい役だろうなとは想像していた。

やはり、実際の精神療法で起こりえないことが満載であった。 まず、最初の自殺企図の女性患者になる阿川繭子(近藤春奈)にも芸者夢乃(蒼井優)にも、倫太郎が隙がありすぎる。時にseductive(誘惑的)過ぎるだろうという声かけや、近すぎるであろうと思える心理的、物理的距離感が多々見られた。 これでは、相手の恋愛感情をわざと呼び起こしているようなものである。

訓練された精神療法家はこんなことは決してしない。また、患者さんへの身体接触も容易過ぎる。これでは、倫太郎自身が、一般の人が優しさと見えるところで精神療法家として、無意識にきちんと訓練されないで不用意に心理的にも物理的にも距離の近いところで関わっている。治療場面から、離れて「二人でコーヒーを飲みに行きましょう」などということはありえないのだ。治療枠が全く守られていない。

国会議員の秘書?内閣官房長官?にしてもその治療で一時的に元気を取り戻すだけで、本当に患者が倫太郎の援助により深い洞察を得て、変化していく積み重ねが見られない。昨日一回の放映だけだからなのかもしれないが。ここでも相手は男性だが身体接触が治療のやり方として当然のように行われたのが疑問である。

蒼井優の演じる夢乃役が異様に色っぽい。若い精神科医ならまだしも訓練を積んだ精神療法家なら、逆にそこにこそ何かその人の問題を見ようとするであろう。最初に治療場面以外で出会ったとしても逆に要注意人物と見立てると思う。

繭子(近藤榛名)の精神療法は、うーんドラマティックといえるのだろうか?倫太郎の共感能力は少し訓練を受けた治療家なら当たり前のことであろう。氷を使う技法は知らないし、本当のカウンセリングで患者さんが劇的に深いところで変化していくとき、確かに30分ぐらいで変化するが、現実の患者さんの変化の方がずっと格段にドラマ以上である。

そしてまた、劇的に変化させてはいけないケースについては、より歩みを遅くするという距離と技法を用いる。

倫太郎は、そんな使い分けもできない精神科医にみえる。倫太郎がスーパー精神科医というなら、これ以上の超スーパー精神科医を実際にたくさん知っている。

来週は見るかな?堺雅人は、「篤姫」「リーガルハイ」「半沢直樹」、ソフトバンクのCMと好きな俳優さんなのだが、脚本のためだろう。設定が「ドクターX」ぐらい荒唐無稽な方がよかったのかもしれない。

なんだか私の個人的な理由からいらいらしそうである。ドラマとしてみれば、楽しめるのだろう。むきになってしまった。(反省)